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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4539号 判決 1962年7月05日

原告 甲野太郎

被告 乙野花子こと M・T・R

右訴訟代理人弁護士 三上英雄

山口不二夫

右訴訟復代理人弁護士 室田景幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し金三十三万円及びこれに対する昭和三十三年九月二十一日から右完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は交際の末昭和三十一年十二月二十三日頃被告と婚約した。ところが、被告は病気その他の理由で右婚約の履行を延期し、既に婚約した以上夫婦同様である旨述べ原告の出捐で多額の物品を購入させながら、昭和三十三年九月二十日伊藤萬株式会社東京支店より嘱託名義で米国ロサンゼルスへ私費留学した機会を利用し同地より原告宛に絶交状を送り右婚約を不当に破棄し、昭和三十五年秋同国より日本へ帰国後も原告との話合を拒否し、そのうえ原告に強迫されている旨杉並警察署に届出るなどの挙に出たため、昭和三十六年一月十九日同署において原被告間の婚約は解消するにいたつた。被告は婚約当時原告との結婚を真摯に考えていないのに甘言を弄してその意あるように原告を欺いて婚約し、しかも該婚約を第三者に発表するところなく、その末前記のように婚約を不当に破棄したものであり、右は不法行為を構成するものであるから、被告はよつて蒙つた原告の財産的損害を賠償すべき義務がある。原告が右婚約中被告に贈与した金品その他の明細は別表記載の通りで、その合計額金三十三万五千百六十四円は原告の受けた損害となる。仮に右主張が理由がないとしても、既述の如く被告はその責に帰すべき事由により原被告間の婚約を解消せしめ婚約の履行をしなかつたものであるから、債務不履行に基き、よつて蒙つた原告の財産的損害を賠償すべき義務があり、原告の受けた損害額は前叙不法行為に基く損害額と同一である。よつて原告は被告に対し前記損害額たる金三十三万五千百六十四円のうち金三十三万円とこれに対する婚約破棄の日の翌日にあたる昭和三十三年九月二十一日より右完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告主張の後記抗弁事実につき、原告が被告主張の日時場所で被告と示談し、婚姻予約を解消せしめることとし、被告より金十万円の支払を受けたことはこれを認めるが、右金十万円は慰藉料として受取つたものであり物質的損害の賠償は含まれていないのである。その余の被告主張事実は否認する旨述べ、立証として≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁並びに主張として、

原告主張の頃、原告と被告とが婚約したこと、被告が原告に対し婚約解消の申入をしたこと(但し、その時期は争う)は認めるが、その余の原告主張事実は否認する。被告が原告に対し婚約の解消を申入れたのは、原告が通常人以上に金銭的に細かく、被告の個人的な仕事に介入する上に、被告の金銭の使途方法等についても干渉し、その他原被告は互に性格的に相容れないものがあつたからである。従つて被告が右婚約を解消するについては正当な事由があつたものであり、被告に損害賠償の義務はない。又原告が損害として主張するものは原告の被告に対する情誼或は好意の表現としての所謂贈物であつたというべく婚約不履行による損害とはならないものである。

原被告は昭和三十六年一月十九日杉並警察署に於て同署人事相談係の斡旋により示談し、同日右婚約を解消することとし、被告は原告に対し金十万円を支払つたが、右は所謂手切金と称すべきものであり、右婚約解消に基づく精神的物質的一切の損害額を包含していたのであるから、原告は右示談契約により本件損害賠償の請求をなしえないものである。

と述べ、立証として≪省略≫

理由

原告が被告と昭和三十一年十二月二十三日頃婚約したこと、被告が原告との右婚約の解消を申入れたことは当事者間に争がなく、而して成立に争のない甲第三、四号証、同第六十九号証の一乃至三、証人佐々木千代の証言、原被告各本人尋問の結果(何れも一部)に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は昭和二十五年頃杉並税務署勤務当時から被告の家に出入し、同二十九年頃右税務署勤務をやめ、その頃から翻訳や経営相談の仕事に携り、その間被告と交際するうち、当時商業デザイナーをしていた被告から申し込まれて前記の如く被告と婚約し、原告の母及び被告の両親もこれを承諾し、以後原被告は婚約者として交際を続け、共に外出し映画を見たり、食事をしたり、買物をしたり、両名が興味を有した写真の技術にいそしんだりし、又原告は事ある毎に被告に土産物その他の贈物をしていたが、その間昭和三十二年十月頃から被告及び被告の両親は原告が金銭的に細かく、その他原告の被告の家族に対する態度が利己的であると感じ、原告に対し冷淡な態度を示すようになり婚約を解消したい旨述べたことあつたが、原告は被告との婚約による交際を望みこれを継続していたところ、被告は昭和三十三年九月二十日頃伊藤萬株式会社東京支店の嘱託として渡米したが、被告は直ぐに原告に対し原告が早く他と結婚してよい家庭を持つことをすすめる趣旨の便りをし、原告が被告に対し血判のある便りをしたことなどから、被告は以後原告から寄せられた数多の便りを開封せずして送り返し、昭和三十三年十一月二十五日付で原告に対し原告との婚約の解消及び絶交を通知する旨の便りをしたこと、そして昭和三十五年暮頃被告は米国から帰国したがその意思に変りはなかつたことが認められ、右認定に牴触する前掲証人、本人の各供述は措信し難い。

以上認定の事実及び当事者間に争のない事実によると原被告間に婚約が成立し、被告がこれを破棄したものというに妨げはないものと解せられるところ、原告は右婚約の破棄が不法行為を構成する旨の主張をするが、本件に顕れた全証拠によつても右原告主張の不法行為となる事実はこれを認めることができない。そこで被告に婚約不履行の責任があるかどうかを考えるに、前段認定の事実に関し、被告は、原告が通常人以上に金銭的に細かく、被告の個人的な仕事に介入する上に被告の金銭の使途方法等についても干渉し、その他性格的に相容れないものがあつたから、被告が婚約を破棄するにつき正当な事由があつた旨主張するけれども、原告が被告の個人的な仕事に介入し、被告の金銭の使途方法について干渉したことについてはこれを確認するに足る証拠なく、その余の事由についてもこれを以ては未だ婚約破棄の正当事由とはなり難いものと解せられるから、結局被告はその責に帰すべき事由により婚約の不履行をしたものというべきである。従つて被告はよつて蒙つた原告の財産的損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

そこで、原告主張の別表記載の各損害を検討してみるに、右のうち原告が被告との交際にあたり自ら負担し支出した交通費、食事代、入場料及び原告が被告に贈つた記念の金品、土産物、見舞品の各代金その他これに類するものは、何れも原告が被告に贈与した分につきこれが支出を損害としているものであること、原告の主張自体に徴し明かであるから、かかる支出は婚約不履行による損害とはならないものと解せられ、その他の原告主張の損害も婚約不履行による損害として賠償を請求しうべき範囲に属するものは存しない。

よつて、原告の本訴請求は更に判断するまでもなくこの点に於て理由がないことになるので、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 奥輝雄)

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